育む雨・・・
左右の門番の樹に『また来ました』と挨拶して
広場の入り口には名も知らぬ白く可愛い花が

鈴なりに咲き誇り

薄暗いなかにその一角だけが輝いていた。

小雨にけぶる渓の流れは雨の割には水は澄んでいた

何となくそんな流れを眺めていると・・・
『はて・・・?』 いつもに増して誰かに見られているような気がした。
別に怖いとか恐ろしいとかいった類のものではなく
遠巻きにあちらこちらの薄暗い樹間から

ものめずらしげに見られている・・・といった感じのものだ。

いくら目を凝らしてみても、見えるわけではないのだが
それでもあちこちの薄暗がりや潅木の間をじっと見据える。

いつからか人は、そういった類のものたちを感じたり見たりする
術を忘れてしまった。
目で見えるものしか信じず、それ以外のものは無い事にしてしまった。
人が目で見えるものなど、たかが知れているのに
傲慢にもそのものたちの存在を否定してしまった。
だが同じように人の心も目に見えるものではない。
その為だろうか、皆、人を信じなくなり、他者の心などお構いなしな
ふるまいが平気で出来るようになってしまった。
すべてを洗い流すかのような激しい雨も好きだが、
こんな命を育むような優しい雨はもっと好きだ。

蝶々が一羽、何処へ行くのか、
何を探しているのか雨の中を彷徨っている。

高みまで飛んだかと思えば、また降りて・・・
一体何を探しているのか・・・何処へ行くのか・・・
渓の流れは『ざーーーざー・・・・』と同じように聞こえるが
同じではない音と共にひと時も途切れることなく流れ続けている。

命を育む優しい雨がさっきよりいくらか多くなった。

コメント
そういう場所www
せせらぎ
こじぞうさんみたいな方と、考えを分かち合う方がたがいれば、だいじょうぶです。
地球はかならず元気を取り戻して、元の美しい地球に戻りますよ、きっと、、、。
今の混乱は生まれ変わりの前の最後の苦しみなんだと思います。
愛は一番強いエネルギーなんですから、、、。
こんちは!
(^_^)
時のながれとこじぞうさんのいちめんをのぞいたような気がします。
だぁれもいないとおもっていても・・・
昔の人には、いろんなモノに神様が見えたんだろうね。
今のニンゲンには、オノレを見つめるもう一人のオノレ自身さえも、
見えなくなってる気がする・・・。
私は人が交配を重ねて作った、文化の象徴のようなばらなどの花も好きですが、
自然の花には無駄がないというか、人の手では出来ない
完成された形があるので好きです。
でも、、、花をきれいだと思い、ゴキブリを気持ち悪いと思うのは何故なのかな〜(笑。
もっとも破壊されたのは
環境より心かもね

写真と同じく内容もすごく深いです。
それにしても神秘的で素敵な写真です(*´▽`*)
家からだと12、3分てとこでしょうか?市内ですよ。
現場からだと5、6分位でしょうか?10数m脇には道路も走ってます。
すぐ上流を最近、護岸工事したようで車を停めているところも
重機で整地してあります。
その時、樹を伐ったようでそこだけ道路からも丸見えです。
ほんとは森っつうほどじゃなく林位なんですが
森の方がごろが良いんでこの間から『天狗の森』と
呼ぶことにしました。
実際に見るとガッカリされちゃうかもしれませんよ。
なははは。
申し訳ございやせんでした

おれの場合、以前仕事した方の紹介や仕事見てくれた方が
直接依頼してくださる事が殆どなんで、
業者さんからの仕事はあんまりやらないんだす。
特に4年前に勝手に工期を設定されたり、おれの書いた図面を
自分で書いたように名前だけ書き換えられたりしたんで
余計にやらなくなってるんだけど今回はこちらの意向を汲んで
くれてるようなんで、とりあえず設計と見積りしただす。
いつになく自分で区切っちゃったんで、寝不足と疲れと焦りとで
愚痴っとなっちまいました

ねぇさん、大変だねぇ。
頑張ってるから、頑張ってなんて言わないから無理しないようにね

っつってもむりしなきゃぁか。
仕事は済んだようだね。
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はっはっは
内容はあるようなないような・・・
不快にならなくて良かったのでございます・・・
たははは
紫親父屁
なんだか急に人心が荒んだような気がするねぇ。
やっぱバブルと共に人の心も弾けたって事でせうか・・・
ミケアさん、こんばんは。
自然の花も人が交配させた花でも、花はやっぱり美しく、
そして癒してくれますね
おれもゴキブリは駄目です
美しいとは思えないし美しいとは言えません
たははは。
DERI !さん、こんばんは。
九十九神好きですね
おれは道具をあまり綺麗に使うほうではないので
神々に申し訳ないのですが、長くは使います。
壊れてもなかなか捨てられません。
昔は神々と人が融合して暮らし営み、それでいてきちんと神々に
畏敬の念を抱いて奉っていた・・・のでしょう。
今は少しだけ・・・以前よりはまたそんな気持ちを抱く人が
増えつつある気がします
uroro&uraraさん、こんばんは。
おれらが生きてる時間なんて悠久の時の流れからすれば
無いに等しい位なのに、人はなんて傲慢な生き物に
なってるんでしょうね。
垣間見えるおれの一面なぞ浅くて浅くて
ほんとに
したり顔でこんな事を書くおれが一番傲慢かも
みえこっち。さん、こんばんは。
そうなれば良いのですが、
まだまだ、もう何回かは痛い目に合わないと
ほんとには判らないかもしれないですよ。
一部が判っても駄目なんだと思います。
皆が『いっせぇのせ!』で今のものを捨てないと
ほんとのほんとにはならないと思います。
これがなかなか、否、かなり難しい事で
かなりの痛みを伴う事になる気がします。
再生の前に壊れる事は人の世とて同じこと。
それが自然の摂理と言うやつなんでしょうね。
ZENRA-MANさん、こんばんは。
人を寄せ付けない場所と言うのは確かにあると思います。
というか人が踏み込んではいけない場所。
最近はそんなところへ物見遊山で行く人が居ますが
やめた方がいいと思います。
領域を侵されるのは人でも目に見えぬ方たちも同じこと。
そこへずかずか入っていく事は怖いとか、恐ろしいとか、
そういった事でなく礼儀を欠いている事だと思います。
おれはやっぱりあほらしいと言われようと
一言ご挨拶してから入らせてもらってます。
帰りも『ありがとうございました
と礼を言って帰ります。
でもこの場所はほんとに道路脇で実際に見ると
『えぇ〜
と失望しちゃうかもしれませんよ